医療保険の歴史
医療保険はどうして始まった?
先進国の医療保険制度は、国営の健康保険、民間の生命保険、民間の損害保険の3つの組合わせでできています。
医療保険3つのウェイトがそれぞれどのようなものであるかは、国によって大きく異なります。
わが国の医療保険の場合は、イギリス、ドイツなどと似ていて、社会保険が中心の健康保険制度で、民間の生命保険と損害保険はその補完的な位置づけとなっています。
しかし、わが国の経済の低迷、急速な高齢化の進展とともに、公的な医療保険制度の財政事情がこのところ厳しさを増してきており、公的な医療保険がどの範囲までカバーできるのか、その見直しは避けることができない段階にきています。
そうなると、今後、これまでの補完的に限定されていた民間の医療保険の守備範囲は、逆にさらに拡大することが予想されます。
わが国の民間医療保険の歴史はそう古いものではありません。昭和42年、第百生命が「疾病入院組込保険」という生命保険に入院医療費の保障を入れた医療保険を発売したことに始まります。その後、他の生命保険会社も「疾病特約」などの医療保険が相次いで発売されました。
これまではあくまでも生命保険、つまり死亡給付を基本にした保険に、「特約」としての医療保険が付属するという考え方でした。
しかし、49年に、アメリカン・ファミリーが「がん保険」と、単品として医療給付を目的にした医療保険の商品を目玉に上陸して話題を呼ぶこととなりました。
さらに医療保険では51年に、アリコ・ジャパンや日本団体生命ががんというような特定の疾病から一般疾病にも広げ、61年には、生命保険会社が「医療保障保険」、損害保険会社が「医療費用保険」を発売し、歯科治療の特約保険なども加わりました。